いつ買ったのか、なぜ買ったのか、思い出せないまま本棚に眠っていた本があります。
白水社から出版されている「日本語から考える!イタリア語の表現」という本です。
タイトルどおり、日本語の表現(そこに込められた感情)をイタリア語に変換するにはどうすればいいかという内容が書かれています。
最近、なぜこの本を手にとったのかというと、すき間時間に読める本を自分の本棚から探していて、発掘したためです(笑)
積読本と化していたのですが(以前の自分には少し難しすぎたのかもしれません)、パラパラとページをめくってみたところ、今であれば内容を理解できそうなので本棚から引っ張り出してきました。
電車や飛行機での移動時間に、メモを取りながら読みました。大変勉強になりました。
イタリア語を学んだというよりも、普段何気なく使っている日本語が、他言語と比較した際にどのような特徴を持っているのかを知ることができました。
外国語を学ぶ過程で、日本語の文法を考えるという発想を持てたのもよかったです。
まさに、この本の冒頭に書いてあるとおりだなあと思いました。
「母語である日本語のしくみ(文法)や発想を知らなければ、外国語で的を射た表現をするのは難しいのです」
「日本語から考える!イタリア語の表現」は、24項目の文法事項で構成されていて、6つのコラムも掲載しています。
イタリア語を学習をする上で参考になる点がいくつもありました。
ここで、あまり例をあげすぎるとネタバレになりそうなので、一つだけ例を挙げたいと思います。
日本語の「被害の受身」はイタリア語でどのように表現するか?
日本語には外国語に訳しにくい「被害の受身」という表現があるそうです。
以下、本文からの抜粋です。
Una scimmia mi ha preso il cappello.
猿が(私から)帽子を取った。
Mi è stato preso il cappello da una simmia.
猿に帽子を取られた。
・・・(略)・・・これらの例からもわかるように、日本語は受身で被害を表現していますが、イタリア語では受身という形自体が被害を表しているわけではないのです。
このセクションを読み、”日本語が受身で被害を表現する”ことをわたしは初めて意識しました。「猿から帽子を取られたよ~」(なんてシチュエーションは滅多にありませんが^^;)と言うときは、確かに、言葉のなかに”被害の感覚”を含んでいます。
でも、残念ながらイタリア語では、単なる受身の表現には”被害の感覚”を表す意味はないんですよね。
で、イタリア語で、”被害の感覚”を表現するにはどうすれば良いかというと、関節目的格の代名詞をつけると良いらしいです。
上記の文では、「mi」の部分ですね。
それでは、この被害・・・(略)・・・は、イタリア語ではどのように表現されるのでしょうか。先ほど見たmiに関係しています。つまり、その事態なり行為なりが「人に」何らかの影響をあたえていると表現するわけです。
なるほど~。という感じがしませんか?
わたしは、今まで出会ったイタリア語の文章をあれこれ思い浮かべながら、あれは、被害の感覚を表現するための関節目的格の代名詞だったのだなぁっと妙に納得しました。
最後に
「日本語から考える!イタリア語の表現」には、まだまだたくさん新たな発見がありました。日本語に含まれた水面下の意味を無意識に使っているのだなと痛感しました。
それをイタリア語に訳す方法が書いてありイタリア語学習者にとっては大変参考になる一冊だと思います。
また、ときどき読み返したいです☆
